2014-07-16

2014年7月16日

隣は鬱蒼としたバラ園でした。整地されることなく雑草が生い茂っているその空き地は、ある時期になると芳しい香りが充満し、そこがバラ園であることを思い出させるのでした。幼い頃の仙台の空き地もそうでした。秋になると萩の花が咲き乱れていたものです。

二ヶ月ほど前、低音のドドドという音と共に隣の空き地は掘り返され、あっという間にコンクリートが敷きつめられてしまいました。そして、その地には数日でコンビニの建物が建ちました。

こうだったんだ…
ずっと謎だったことが解けました。

幼い頃、私が住んでいたところは仙台のはずれでした。
裏には山が広がり、沼がいたるところにありました。横は田んぼで、あぜ道を歩くと、春には山菜、初夏には蛍に出会いました。

この山の向こうに何があるんだろう。枝を手にして、幼なじみと二人でよく探険に行きました。どこまで行っても深い山で、結局怖くなり帰ってきたものです。

それが、しばらくすると、山がなくなり、森がなくなり、田んぼがなくなり…。今、そこは見渡す限りの住宅地で、広くなった仙台の中心地にほど近いところとなりました。

あの山や田んぼはどこに行ってしまったんだろう。先日も幼なじみと首を捻っていました。それらはある日忽然と消えてしまったようなのです。

ドドドという音を聞きながら、思い出しました。
山が削られていく風景、谷の木々が切り倒されていく風景、田んぼが埋め立てられていく風景…

大好きな山がなくなる切なさと共に、悪いことに加担しているような不安。
何かいけないものを見るようで、目をそむけて、何もなかったかのように振る舞う自分も思い出しました。

今考えてみれば、私が仙台のはずれに住んでいたということは、私自身も山を削った跡の地に住んでいたということなのです。私も山を削った側の人間だったのでした。
幼い私は無意識にそれを感じ、あの風景を見えないところに追いやっていたのでしょう。

こうやって様々なものに覆いをして生きていくんだ…

空き地に面していた寝室は、コンビニの煌々とした灯りで、夜も明るいままです。
カーテンの上に分厚い布をかけて覆った窓を、複雑な思いで眺めています。