2017-12-13

2017年12月13日

ハープとのデュオコンサート「西洋と東洋のKOTOの響き」、無事に終わりました。

とても素敵なハーピストの西村光世さんとの出会いがあり、お互いの楽器らしさを大切にしつつもそれにこだわり過ぎず、絃楽器が生まれた頃に立ち戻れたらの思いで始まったプロジェクトでした。

楽器が少し似ているが故に目立つ、音の立ち上がり方から、余韻の広がり方といった細かいことに始まり、調和の捉え方、律動の感じ方、メロディの歌い方、言い出したらキリがないぐらいの違いが、楽器の特性や奏者の個性からだけではなく、それぞれの文化や歴史の違いから出ていることに気がつかされる日々でした。

響き合うためには、相手のことをどれだけ知り、愛せるかだけではなく、自分のことをどれだけ知り、愛せるかということも突きつけられた気がします。それは今回は、単なる個の問題だけではなく、西洋と東洋という問題でもあったような気がしています。

それにしてもハープはなんと美しい響きを奏でる楽器なのでしょう。
何千年もの間、人々に愛されてきたことが、その一瞬で分かり、心がそちらに導かれていくようです。

そして、箏はなんて心がそのまま出る楽器なのでしょう。身体の中にしまっているはずの心が、手触りをもって目の前にあらわれるようです。

天上からの光の粒を浴びながら、自分の心を恥ずかしながらそっと差し出すような気分になっていました。

お客さまにはどうお感じ頂けたのでしょう。
私と同じで、楽器を、音楽を超え、様々なことに思い巡らせて頂けていたら心から嬉しいなと思っています。

いらしてくださった皆さま、そのままでいいよと応援してくださった皆さま、心から心から感謝しています。
本当にありがとうございました!!

2017-10-08

2017年10月8日

昨日、私の年1回の大イベントであるリサイタルが無事終わりました。

今年は全てが自分のオリジナル曲だけという、なんだかとっても恥ずかしいような、こそばゆい感じでしたが、知らないうちにサイン会をすることになっていて、それを知らせるアナウンスが会場に2回も流れ、笑い声が起こったのを聞いて、私も思わずクスッ。

舞台には、竹取りに混ぜて頂いた竹と陶と花が織りなす、迫力がある曲線と可憐な秋明菊。
そのキリリとしながら本当に自然そのものといった空気は、私もそうあるようにと話しかけてくれるものでした。

心だけは裸ん坊になろうと、でもそれが本当に難しくて、瞬時に沸き起こる色んな自分と闘いつつ、そしてそれこそが自然なのかなと感じつつ。
多くのことを教えてもらいながら、最後は、無心で祈りをこめた演奏になりました。

お客さまと何かを語り合った後のような身体の感じが残っていて、それが愛しいです。

心からの感謝をこめて。
皆さま、本当に本当にありがとうございました!

2017-09-15

2017年9月15日

八王子の山に竹を取りに行ってきました。

ここ数年はリサイタルの舞台美術を、陶芸家の川合牧人さんと華道家の手島久子さんにお願いしています。

今年10月7日のリサイタルは、青竹を使った舞台になるということで、足手まといになるのを承知で、いざ山の中へ。

余裕があったのは最初だけでした。

竹を選んで、切って、枝を落とし、勾配のキツい斜面を運び上げ(私は押しただけ)、竹を割って、裂いて、ねじって、巻く。どれ1つとっても、竹の特徴を考えながら、腰を入れて身体全体の力を使わないと出来ないことばかり。

汗みどろになりながら奮闘中、名人のようなおじいちゃんが出てきて、竹の性質を教えてくれたり、美少年が出てきて、手伝ってくれたり、ちょっとおとぎ話の世界です。

おにぎりとお茶の美味しかったこと!

それにしても、竹取物語に出てくる竹取の翁は、竹で生計を立てていたのだから、かなり力持ちのおじいちゃんだったはず、と、見る目が変わりました。

清々しいながらも、力強い生命力のある舞台になりそうです。

あの竹がどのようになるのかしら?
私も含めて、当日のお楽しみです。

2017-09-13

2017年9月13日

突然、夏がストンと終わりました。
 短かったような気もしますが、夏を思いっきり吸い込んだ2日間がありました。

8月は19日20日と、井上誠さんが園長、井上美千代さんが副園長をつとめる湯河原の宮上幼稚園にて、「湯河原色えんぴつ」主催のサマースクールでした。  

全国色んな地域からやってくる発達障害の子どもたちとその家族を中心とした会です。  幼稚園でお泊まりをしながらの2日間、物事の本質に向き合うアーティスト達による本気ワークショップが繰り広げられます。 

初めてこのサマースクールのことを耳にしたとき、自分も是非その本気を間近で感じたいと完全受け身で申し込んだはずが、私も箏のワークショップをさせて頂く、という驚きの展開です。 

新たに寄贈して頂いた箏も含め、箏10面持って参加してきました。 

いつも一緒に活動をしている小林篤さんと、今回は初参加の、娘の小林巴ちゃんと3人。 サマースクールの名前である「色えんぴつ」と絡めながら、箏の音と色風景が皆さんの心にほんわかと残るように、必死に準備を重ねてきました。

どうやったら、箏の音を感じてもらえるか、楽譜を抵抗なく受け入れてもらえるか、自分だけの音楽を創造してもらえるか。 考えることは数限りなくありました。  

優しい色のついた可愛い楽譜にするには…、絃が分かりやすく見分けられる色の並びにするには…。随分と試行錯誤しました。  

私は子供のころ、一番初めに箏を触った時、部屋中が色であふれた気がしました。 どうしたら、あの魔法のような空気が出来るかしら…  

当日、皆さん、目を少し大きくして箏の音を聞いていました。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、箏に触っていました。
 箏も、恥ずかしいそうに、でも、とても優しい音を出していました。 

それはそれは優しく温かい時間でした。  

それにしても、そのサマースクールは、想像を上回る濃い時間でした。

 我々によるワークショップから始まり、美術家の中津川浩章さんのワークショップ、めちゃうまカレーライス、温泉、寝る前は作家の田口ランディさんが導く参加者による朗読劇、子どもたちが寝静まった後の飲み会、朝市、川沿い散歩、身体にしみる朝ごはん、音楽家の竹田えりさんのワークショップ、そして好きなこと(我々は箏コーナー担当)。
どのプログラムも、全力で感じることが出来るように、全力で身体を動かすことが出来るようになっていました。 

私もほぼ全部に参加しました。 
全身で学びました。 
全身で感じました。  

「やだ〜、やめたくない!」と箏から離れない子どもの声に、心の中で「私もやめたくない〜!」と地団駄を踏んだ、夏の思い出です。

2017-05-16

2017年5月16日

野坂操壽×沢井一恵 『変絃自在』in サンフランシスコ公演。オールスタンディングオーベーションに涙が出てきました。

その音色は人生をそのもの。その瞬間には長い時間が流れており、その一音はどこまでも広がり、そして光を放って溶けていきました。

3つのコンサートがあり、この1週間は目が回るようでしたが、それを支えてくれた、アメリカやタイ、オーストラリアで箏を広めるために活動しているメンバーはどんなにか大変な思いをされたことでしょう。身体をフルに働かしながら、常に屈託のない笑顔。開拓の苦労を知っているからこその優しさ。忘れてはならないという声が聞こえました。

そして、ほぼ初対面の人ばかり6人一緒の宿での生活。私以外はズバ抜けて出来る人たちばかり。緊張体質の私はどうなることやらと覚悟していましたが、1日目からグッスリ眠れたことがその日々を物語っているようです。「ラブリー」とはこういうことを言うのかしら?愛おしい時間をいつまでもいつまでも抱きしめたくなります。

知らない間にパスポートを、浜辺の脇の草むらに落として、知らないうちにパスポートを見つけて頂くというようなことが連続で相変わらずの私でしたが、もっと元気になり戻ってきました。

考えたいことが押し寄せてきます。でも、身体と心を止めることなく、頂いたエネルギーで今日からCD作りに励みます。それこそが考えたいことに繋がると信じて。

心いっぱいのありがとうを皆さまに!

2017-03-10

2017年3月10日

今日は風が賑やかに梢々を揺らしています。これが大きな楽器ならどんな和音を奏でるのだろうと目が離せなくなります。
光を帯びた音の粒が放たれているのが目に見えるようです。

ここ半月は録音機の前でにらめっこでした。

今年は、特別支援学校で高校一年生の時から箏の授業をお手伝いさせて頂いた生徒さんたちの卒業の年。
その生徒さんたちが箏の音色を好きになってくれたということで、私の箏の演奏を録音したものを卒業証書授与式で流してくれることになったのです。

校歌や、学校でよく歌った曲、授業で取り上げた曲、私が生徒さんのことを思って作曲した曲、合わせて9曲ほど。

授与式で、温かい空気になるよう、学校で過ごした友達や先生との日々を身体で懐かしんでもらえるよう、箏に合うようにアレンジし、録音を繰り返しました。

でも、それは簡単なことではありませんでした。
音だけで気持ちを表すのはなんて難しいのでしょう。
何十回録音ボタンを押すものの、思ったようなものは録れません。

生徒さん、先生方ひとりひとりのお顔を思い浮かべ、今までの授業を思い出し、優しい気持ちをなぞるようにしながら、何度も何度も弾き続けました。

今年の箏の授業もそれはそれは楽しいものでした。

「皆んな、一年ぶり、箏の佐藤センセイです!」
との小林篤先生のコールに、生徒さんがワァと歓声をあげてくれ、私も思わず手を上げての登場でした。

初めは箏が怖かった生徒さんも、爪をつけるのが難しかった生徒さんも、もう迷いなく箏の前に座ります。

そして初めから変わらないのは、音を出す時の気持ちの込め方です。箏に顔を近づけて、一本一本丁寧に絃を弾きます。

箏は簡単に音が出る楽器とはいえ、特別支援学校の生徒さんにとって、爪をつけて、かたく張ってある絃をはじくことは、それほど簡単なことではありません。
今やっていることに集中しないと、音が出ないのです。

ですから、生徒さんが出したその一音には、自然と心がこもっています。
たとえそれがどんなに小さい音であろうと、全身で弾いているので、音に力があるのです。
その人そのものといった音なのです。

最後の授業では、小林先生のギターと私の箏で「小さな世界」を演奏しました。

生徒さんと先生方が手を繋いでいるような空気の中で、しんとして聴いてくれ、涙を流してくれた生徒さん、一生懸命お礼を言ってくれる生徒さん、先生方と一緒に心のこもった拍手をしてくれました。そして、最後は皆んなで頑張って箏を持って片付けてくれました。

そんなことを思いながら録音をしていると、少しは心が感じられる曲も出てきました。

思いたって、2曲ほど、皆さんの心に寄り添ってきたに違いない小林先生のギターの音を入れてもらいに学校にも出かけて行きました。

もっともっとよいものをと思いつつ、時間切れでした。

それでも、最後までなんて多くのことを教えてもらえたのでしょう。なんて多くの宝物を頂いたのでしょうか。

そして、今日はその卒業式。

少しでも感謝の気持ちが伝わっていますように……。

これから先に広がる世界が、温かさと喜びに満ちたものであることを心から願って。






2017-01-02

2017年1月2日

明けましておめでとうございます。

新年1発目のいいこと。
昔から、音楽のリズムを言うのに「たかたか」「たったかたー」って誰が言い始めたんだろうと思ってました。
今日、「あたたかかったかな?」と何気なく口にした言葉に、あ、ここにも!
たたかったか、かたかったか、たかかったか、かかったか、…日本語の中に出てくる出てくる。
こういう生活していたら、たったかたー、って言いたくなってきますね。

今年もたったかたったー、楽しくなりそうです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!