2014-11-13

2014年11月13日

ちょうどえぇ~

これがどんなに難しいことか…。
あるお笑いコンビのこのネタを見るたびに、この難しさをここまで分かった上で笑いにしていることに、笑いながら恐れ入っています。

それは、色んな場面で良いと思われることを面白おかしく次々と提示して、ちょうど良いと判断するものが出てきたときに、「ちょうどえぇ~」と言って終わるものです。
こうやって書くと、あまり面白くないですね…

少し前には「いい感じー(語尾を上げる)」というのも流行りましたが、これと似ているようで全く非なるものであると感じます。
「いい感じ」というのは、幅をある程度持つもので、そこから感じる余裕みたいなところが人を楽にしてくれるようです。

「ちょうどえぇ~」は、まさに絶妙な一点を狙っています。
移り変わる人の心や、刻々と変わる周りの状況をも考慮に入れた上での、その時だけにしか当てはまらない絶妙な一点。

箏を演奏するにおいて、次の音をどうするか。
「いい感じ」で終わらせようとする気持ちを振り払ったとしても、今度は、絶対的に良いと思われるものを事前に探して、それを再現しようとしがちです。しかし、いわゆる良い塩梅の味が汗をかいた日には薄く感じるように、いわゆる良い音がいつも人の心に届くわけではありません。常に感覚を鋭敏にし、自分の全てを総動員して、その一瞬にしか存在し得ないある一点を突き止めなければならないのです。

気が抜けたような「ちょうどえぇ~」の言葉に含まれる厳しさは底知れぬものがあります。
でも、「これはちょうどえぇ~かしら?」と考えると、ちょっとクスッとして、もう少し頑張ってみようという気がしてきます。

「ちょうどえぇ~」っていう言葉が、ちょうどえぇ~のですね。