2014-08-23

2014年8月23日

私はひどい車酔いをする人間です。
それもあって車は見るのもイヤだったのですが、これはちょっと人生を損しているのかもしれないと思い始めて、最近になって車の免許を取りました。

教官の反対を押し切りマニュアルでの教習。
自分が全く知らないことを習得するのにどういう経路を辿るのかというのにも興味があり、日々なにやら実験の様相を帯びてきました。

路上教習でのある日、教官から「電信柱にぶつかりたくないと思った時に、電信柱をじっと見たらダメですよ」のお言葉が。
え!?なんでですか?と聞くと、
「何故だか分からないけれども、電信柱にぶつかりたくないと思って電信柱を見ると、電信柱に近づいて行くんです」

へぇー、そうなんですね、と言いながらもスッキリせずに数日後、狭い道での路上教習でのこと。
左の電信柱が危ないので気をつけなきゃと思って運転していたら、
「ぎゃっ、電信柱に寄っていってますよ」
教官の腰がすっかり引けています。

これか!
ホントだホントだ。
ビビり顔の教官を横目に、ちょっと気の毒に思いながらも、一人で嬉しくなってしまいました。

それが近づきたいものであれ、避けたいものであれ、人は強く意識したものに近寄っていく性質があるようです。

箏を弾いていても、「あ、ここはあそこの絃を間違えて弾いてしまうから気をつけなきゃ」と思ったら、だいたいその絃を間違えて弾いてしまうのもそれかもしれません。

それから意識してみると、普段の生活においても「〜しないようにしなきゃ」と思うと、それに近づいてしまっている自分に気がつくようになりました。
してはいけないとことが頭の中で鮮明にイメージされてしまい、本来の方向性に対する意識が薄くなったことによるのかもしれません。

何が面白いって、人は、イメージしていることに対して持っている価値判断ではなく、イメージそのものの強さに影響を受けるということです。

人生でも多くのことに当てはまるようで、考えているだけで面白いです。

少なくとも、「〜しないようにしなくちゃ」と思わないようにしなくちゃ、とは決して思わないようにしなくちゃ。
あれ!?