雨の音に家の中がひっそり静まりかえっているのを感じます。
この静かさがやってくると、息をひそめたくなります。ちっちゃなちっちゃなことが通り過ぎて行くのです。
「蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、蟻は左の二番目の足から歩き出すんです」
これは私の好きな変人、画家の熊谷守一の言葉です。
角張った丸みを持つ輪郭からなる昆虫や植物を、板の上で色付けしていく。
そもそもは貧乏ゆえでしたが、その粗い愛らしさは、美術館に並ぶ立派な顔をした絵の中で、独特の光を放ちます。
絵を描くより自宅の庭に遊ぶのが好きだったそうで、とにかく庭の虫や草木を眺め続けました。晩年三十年は家を出ることもなかったといいます。
それを乱されたくないあまりに、来客が来たら困るとの理由で文化勲章も辞退したほどです。
この生活の中からの発見。
蟻の左の二番目の足の動き。
これを小さなことと見るか、大きなことと見るか…。
小さなものに潜り込んで潜り込んで行った先で辿り着いたところ。
そこで見る景色。
私は底知れぬ大きさを感じるのです。