眩しいほどの日差しはなくても、アスファルトを見ると思わずまばたきをしてしまいます。目の奥に感じる微かな痛みに、あの日の太陽を思い出します。
二年前の金環日食。
珍しく太陽の中に月がすっぽりはまり込んで暗くなるということで、世の中はなかなかの大騒ぎでした。
太陽を直に見ると大変危険なのでやらないようにとのアナウンスが盛んに流れていました。
やらないように、やらないように、って言われると、どうしてやっちゃいけないんだろう?という気持ちがムクムク湧いてきてしまう悪い癖を持っている私です。
いつも、「うわ、臭いっ」とか聞くと、どれどれ、どれだけ臭いのか、って気になって、近づいて、「グゥェー。本当に臭い」とやっています。そこでやめればいいのですが、「いやあ、臭かったなあ。あれ、どれだけ臭かったんだっけ?」クンクン、「ぎゃあ、臭いわー」と繰り返してしまうのです。
そんな私に、世の中のメディアが寄ってたかって、「直接見るな見るな」と言うんですもん。
見たくてたまらなくなってしまいました。
めったに拝めないような金環日食、もう一生肉眼で確かめられないかもしれない…。
「今東京で金環日食が始まりました」の声を合図にベランダへ。
うわあ、眩しい!!
思わず目を背けました。もっと指輪のように明るくなるのかと思いきや、眩し過ぎて、肉眼だと真ん丸にしか見えません。
とても直視出来るような明るさではありません。
太陽というのはこんなに明るいものなのだ…
月にほとんど隠されても、隠すものをも輝かせるほどのエネルギー。
そういう太陽に私達は生かされているんだということが、急に大きな意味を持って迫ってきて、妙に感激してしまい、その姿を確かめたくて、目を伏せては目で見てを何回も繰り返し、その感激を身体の奥にまで染み込ませていました。
……案の定その後、激しく目が痛くなりました。そのうえ凄まじい頭痛に襲われ、三日間ほど寝込んでしまいました。
隠すものをも輝かせる明るさ。
自らを隠そうとするものをも輝かせるエネルギー。
痛みにうなされながら、そんな言葉が頭の中でこだましていました。
2014-07-31
2014-07-24
2014年7月24日
演奏の準備というのは、遠足の持ち物の準備とは違い、目に見えない部分に頼らざるを得ません。
特に邦楽では、楽譜を用いないことが多く、頭の中に入っているものを引き出していくことになります。それは出たとこ勝負的なところもあります。自分のことでも、どうなるかわかりません。
こういう不安定なものを頼りにしていると、記憶ということについて考える機会が多くなります。
私は一歳くらいから記憶があるのですが、その頃の記憶には決まって不安や恐怖が伴います。
高い高いをされて、天井が迫ってくる恐怖。
こちょこちょをされた時の、あの痒みとも痛みともつかない気持ち悪さと、迫ってくる大人の顔の不快さ。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた時の、身体の奥底から湧き上がる不安。
犬に追いかけられて泣き叫んでいるのに、大人に全く相手にしてもらえない虚しさ。
もっと大きくなってからは嬉しい記憶も付け加えられていきます。
雲が流れていくのが美しかったこと、ススキの穂が夕陽を受けて眩しいほどであったこと、焚き火の輪郭の後ろの景色が揺らめいていたこと…
とにかく心が大きく動くということが記憶と大いに関係するような気がします。
そして、何を記憶しているかということから、実は当時自分が何に心を動かされていたかが分かり、面白いところでもあります。
よく、年を取ってきて記憶力が落ちるといいますが、脳の機能が落ちるからだけではなく、むしろそれ以上に、この心の動きの振幅も減ってくるからかな、なんて想像しています。
心を大きく動かして生きていくこと。それが記憶への道でもあるし、生きている実感を手にすることにも繋がっていくのでしょうね。
それにしても、幼児の頃の記憶に縛られて、いまだに赤ちゃんを高い高いすることも、こちょこちょすることも出来ません。
記憶に縛られ過ぎると自由ではいられなくなるのかなと最近うっすら感じています。
高い高いとこちょこちょが好きな赤ちゃんも沢山いるはずなんですよね。
良きにつけ悪しきにつけ、記憶によって作られていく人生。
何が出てくるか分かりませんが、出たとこ勝負で楽しまなくちゃ。
2014-07-16
2014年7月16日
隣は鬱蒼としたバラ園でした。整地されることなく雑草が生い茂っているその空き地は、ある時期になると芳しい香りが充満し、そこがバラ園であることを思い出させるのでした。幼い頃の仙台の空き地もそうでした。秋になると萩の花が咲き乱れていたものです。
二ヶ月ほど前、低音のドドドという音と共に隣の空き地は掘り返され、あっという間にコンクリートが敷きつめられてしまいました。そして、その地には数日でコンビニの建物が建ちました。
こうだったんだ…
ずっと謎だったことが解けました。
幼い頃、私が住んでいたところは仙台のはずれでした。
裏には山が広がり、沼がいたるところにありました。横は田んぼで、あぜ道を歩くと、春には山菜、初夏には蛍に出会いました。
この山の向こうに何があるんだろう。枝を手にして、幼なじみと二人でよく探険に行きました。どこまで行っても深い山で、結局怖くなり帰ってきたものです。
それが、しばらくすると、山がなくなり、森がなくなり、田んぼがなくなり…。今、そこは見渡す限りの住宅地で、広くなった仙台の中心地にほど近いところとなりました。
あの山や田んぼはどこに行ってしまったんだろう。先日も幼なじみと首を捻っていました。それらはある日忽然と消えてしまったようなのです。
ドドドという音を聞きながら、思い出しました。
山が削られていく風景、谷の木々が切り倒されていく風景、田んぼが埋め立てられていく風景…
大好きな山がなくなる切なさと共に、悪いことに加担しているような不安。
何かいけないものを見るようで、目をそむけて、何もなかったかのように振る舞う自分も思い出しました。
今考えてみれば、私が仙台のはずれに住んでいたということは、私自身も山を削った跡の地に住んでいたということなのです。私も山を削った側の人間だったのでした。
幼い私は無意識にそれを感じ、あの風景を見えないところに追いやっていたのでしょう。
こうやって様々なものに覆いをして生きていくんだ…
空き地に面していた寝室は、コンビニの煌々とした灯りで、夜も明るいままです。
カーテンの上に分厚い布をかけて覆った窓を、複雑な思いで眺めています。
二ヶ月ほど前、低音のドドドという音と共に隣の空き地は掘り返され、あっという間にコンクリートが敷きつめられてしまいました。そして、その地には数日でコンビニの建物が建ちました。
こうだったんだ…
ずっと謎だったことが解けました。
幼い頃、私が住んでいたところは仙台のはずれでした。
裏には山が広がり、沼がいたるところにありました。横は田んぼで、あぜ道を歩くと、春には山菜、初夏には蛍に出会いました。
この山の向こうに何があるんだろう。枝を手にして、幼なじみと二人でよく探険に行きました。どこまで行っても深い山で、結局怖くなり帰ってきたものです。
それが、しばらくすると、山がなくなり、森がなくなり、田んぼがなくなり…。今、そこは見渡す限りの住宅地で、広くなった仙台の中心地にほど近いところとなりました。
あの山や田んぼはどこに行ってしまったんだろう。先日も幼なじみと首を捻っていました。それらはある日忽然と消えてしまったようなのです。
ドドドという音を聞きながら、思い出しました。
山が削られていく風景、谷の木々が切り倒されていく風景、田んぼが埋め立てられていく風景…
大好きな山がなくなる切なさと共に、悪いことに加担しているような不安。
何かいけないものを見るようで、目をそむけて、何もなかったかのように振る舞う自分も思い出しました。
今考えてみれば、私が仙台のはずれに住んでいたということは、私自身も山を削った跡の地に住んでいたということなのです。私も山を削った側の人間だったのでした。
幼い私は無意識にそれを感じ、あの風景を見えないところに追いやっていたのでしょう。
こうやって様々なものに覆いをして生きていくんだ…
空き地に面していた寝室は、コンビニの煌々とした灯りで、夜も明るいままです。
カーテンの上に分厚い布をかけて覆った窓を、複雑な思いで眺めています。
2014-07-03
2014年7月3日
その日はへとへとでした。
「疲れ果てているから『いろはにほへと』の『へと』なんだとしたら、現代語で言えば『えおえお』かしら。いや、ここまで疲れてたら『をんをん』だなー」
どうでもいいことを考えて気を紛らわせながら、最後の力を振り絞ってスーパーへ。
レジに辿り着く頃にはエネルギーはゼロになっていて、喫茶店に入ってエネルギーチャージをしなければ帰れないほどになっていました。
そのとき、困っているような気配が。目をやると、女の人が歩きながら何かを探しているようでした。私と同じような年頃でしょうか。身体の動きが不自由そうです。
すると、製氷機の前で立ち止まり、今度はずっと眺めています。初めて使うタイプなのか、右から見て左から見て、下にかがんで…
さて、どうしようかな、と一瞬考えました。
若い方で身体が不自由な方独特のキリッとした感じがあります。ご自分で解決したいのかもしれない。話しかけないでほしい、そんな空気に包まれているようにも見えます。
周りは皆、見ないフリを決め込んでいます。
しばらくしてもまだ製氷機を眺め回しているので、嫌な思いをされませんようにと祈りつつ、「氷をお取りしましょうか?」
怪訝そうに振り向いた顔が、フワッと柔らかくなり、「でも、悪いわあ」
ホッと一安心して、「とんでもないっ」
よく見ると、両手を使って力一杯引かないと開かない扉と、「袋は後ろのレジ台のをお使いください」の文字。杖を使う方には大きな関門がいくつかありました。
むしろ声をかけるのが遅かったのだと恐縮する私に、その方は動きづらい身体で振り返ってまでお礼を言ってくれました。
その方と別れた後、身体にエネルギーが戻っていることに気がつきました。荷物を持つ手には力が漲り、足は前に出ようとしています。それは不思議なほどの違いでした。
おそらく、その方が感謝の言葉と共にくださったものだったのでしょう。氷を取るなんて、本当に本当に些細なことだったのですが、その前にエネルギーがゼロだったので、その前後の違いに気がついたようなのです。
こうやって私は生きていられるんだなあ。人からエネルギーを頂いて生きているんだなあ。
喫茶店に寄る必要もなくなり、『をんをん』だった私は、『あいあい』な気分で帰途につきました。
「あ、始まりが『あい』なのは悪くないな」と、やはりどうでもいいことを考えつつ…
「疲れ果てているから『いろはにほへと』の『へと』なんだとしたら、現代語で言えば『えおえお』かしら。いや、ここまで疲れてたら『をんをん』だなー」
どうでもいいことを考えて気を紛らわせながら、最後の力を振り絞ってスーパーへ。
レジに辿り着く頃にはエネルギーはゼロになっていて、喫茶店に入ってエネルギーチャージをしなければ帰れないほどになっていました。
そのとき、困っているような気配が。目をやると、女の人が歩きながら何かを探しているようでした。私と同じような年頃でしょうか。身体の動きが不自由そうです。
すると、製氷機の前で立ち止まり、今度はずっと眺めています。初めて使うタイプなのか、右から見て左から見て、下にかがんで…
さて、どうしようかな、と一瞬考えました。
若い方で身体が不自由な方独特のキリッとした感じがあります。ご自分で解決したいのかもしれない。話しかけないでほしい、そんな空気に包まれているようにも見えます。
周りは皆、見ないフリを決め込んでいます。
しばらくしてもまだ製氷機を眺め回しているので、嫌な思いをされませんようにと祈りつつ、「氷をお取りしましょうか?」
怪訝そうに振り向いた顔が、フワッと柔らかくなり、「でも、悪いわあ」
ホッと一安心して、「とんでもないっ」
よく見ると、両手を使って力一杯引かないと開かない扉と、「袋は後ろのレジ台のをお使いください」の文字。杖を使う方には大きな関門がいくつかありました。
むしろ声をかけるのが遅かったのだと恐縮する私に、その方は動きづらい身体で振り返ってまでお礼を言ってくれました。
その方と別れた後、身体にエネルギーが戻っていることに気がつきました。荷物を持つ手には力が漲り、足は前に出ようとしています。それは不思議なほどの違いでした。
おそらく、その方が感謝の言葉と共にくださったものだったのでしょう。氷を取るなんて、本当に本当に些細なことだったのですが、その前にエネルギーがゼロだったので、その前後の違いに気がついたようなのです。
こうやって私は生きていられるんだなあ。人からエネルギーを頂いて生きているんだなあ。
喫茶店に寄る必要もなくなり、『をんをん』だった私は、『あいあい』な気分で帰途につきました。
「あ、始まりが『あい』なのは悪くないな」と、やはりどうでもいいことを考えつつ…