急に弾けるようになる瞬間、それは音が聴こえた瞬間です。
音が聴こえる。
なんてことないようですが、これが本当に難しいのです。
無意識のうちに自ら聴こえなくしている音のある部分を見つけるのは、ないものを探すことと同じで、そもそも探そうという気持ちにまで辿り着きません。
何かの違和感を敏感に察知して、あるのではないかと仮定して神経を研ぎ澄ませていないと出会えないものです。
息を殺してそれを待ち、それがそこにあることに気がつくと、段々その姿が色濃くなっていき、そこに最初からあったものとして存在し始めます。すると、今度は周りの色んな場所にその姿を見つけることが出来るようになります。
そうやって聴こえ始めると、自然とその音が出せるようになっています。
これは音楽だけではなく、さまざまなことに当てはまることなんだろうと思います。
私には目があり、耳があり、舌があり……
でも、ほとんど見えておらず、聴こえておらず、味わえていないであろうことは、音楽でのこの作業を通じて想像がついていることです。
リサイタルを前にして、自分がほとんど気がついていない人間であることを認め、今になっても音を聴こうと耳を澄ませているというのは、私らしく迂遠なことだと苦笑いしてしまいます。
でも、辺境の地に出かけなくても、見たことがないもの、聴いたことがないことに出会える喜びはえもいわれぬものです。
そこにあるのにないものを
そこにあるからあるものに……